このお話の初めに、人の目に恐怖を感じるようになったのがいつからなのかわからないと言いましたが、少し思い当たる部分がいくつかあることに気がつきました。
まずは学生時代、友人から別の友人の悪口を聞いた時、自分はそう言われないようにその悪口は自分に対しても言われているものだと思うようにしようと考えている時がありました。人の振り見て我が振り直せってやつですね。ただ、今思えばその時は良い部分を見ずに悪い部分ばかりを気にしていたように感じます。陰でコソコソする友人がいた時も、自分のことではないのに自分が言われていると思って、気をつけるようにしていました。仲間外れにされたくないし、クラスでひとりになるのが怖い。友人の機嫌を損ねたらすべてが終わってしまうような気がして、自分で自分を追い込んでいたように思います。
社会人になってからも上司や同僚の評価を気にしていたり、家族や恋人にも良く思われたい嫌われたくないと悪い部分や弱い部分を見られないように必死でした。そんなことを繰返している内に、だんだんと自分の気持ちを隠すようになり、どう言えばどう伝えたら差し障りがないか気にするあまりうまく話せなくなって、気がつくとあれ?私こんなに人と上手く会話できなかったっけ?と感じるようになりました。

ここまでを見ると特にいじめにあっていたわけでも、ツラい経験があったわけでもないので、そんなことで?と思われるかもしれません。ですが、こうした些細で小さなきっかけが積もり積もってなってしまう場合もあると思います。私が話したこの経験が原因かはわかりませんし、実際には『社交不安症』ではないかもしれません。ただ、誰しも嫌われたくない、人から良く思われたいと感じたり、人から見た自分の評価が気になるといった不安はあります。誰もが些細なきっかけでそうなってしまう可能性があるということもご理解頂けたらと思います。

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